時代を導く先駆者(イノベーター)のDNAとDNT(わたしたち)の未来

1.それは発明家2人の出逢いから始まった

1929年。世界は激動の時代を迎えていた。 人類史上初めてとも言える急速な経済発展の中、世界は市場経済のあり方を模索し、時代は新しい秩序を求め混迷の中を彷徨っていた。10月24日、ニューヨークの株式暴落をきっかけに世界的な規模で金融不安が蔓延し経済は迷走した。いわゆる世界恐慌である。
1929年7月。大日本塗料株式会社は資本金50万円、従業員わずか二十余人、前身である鉛粉塗料株式会社として発足。まさに世界不況の波が押し寄せる荒天下の船出と言えた。 この時、創業者たちの眼には何が見えていたのであろうか? 今、歴史を紐解いて見えてくるものは、彼らの手には画期的な新商品が握られていたという事実のみだ。それが世界的にも類を見なかった防錆塗料『ズボイド』であった。

『ズボイド』の開発には二人の発明家の出逢いがあった。創業者・島津源蔵と取締役・根岸信の二人である。島津源蔵の名前は当時すでに世界的に有名であった。足かけ3年にわたる苦心の末、ついに、世界的な発明と称された『易反応(いはんのう)性鉛粉製造法』を完成させたからである。これは国産蓄電池の性能を飛躍的に向上させる発明であった。さらに島津は、この蓄電池に使用した鉛粉を応用した新しい防錆塗料の開発を思い立った。かねてから優れた技術者であり発明家として注目していた根岸に新塗料研究の協力を要請した。  根岸は5年の歳月を費やし、ついに欧米商品を凌駕する画期的な「亜酸化鉛粉錆止塗料」の発明に成功した。『ズボイド』と命名された塗料の世界市場への挑戦が始まった。