時代を導く先駆者(イノベーター)のDNAとDNT(わたしたち)の未来

2.『技術を売る』信念を胸に『勇気(まけじだましい)』で挑戦

ズボイドはこれまでの常識を破る全く新しい構想の塗料であり世界11カ国で特許が認められた。しかし、防錆能力の画期的な高さが事実であっても、これを短期間で一般に周知させるのは容易なことではなかった。さらに世界恐慌のさなかの挑戦であり、価格の点でも当時一般的であったベンガラの錆止塗料が25キログラム当たり10円程度のときに、ズボイドは28円と3倍近くの高値であったため、営業陣はズボイドの売り込みに悪戦苦闘したであろうことは想像に難くない。しかし創業メンバー達の中にあきらめるものはいなかった。この時彼らの胸には二つの大きな信念があった。それは『技術を売る』信念と『負けじ魂』という勇気であった。それは時代を先駆け先導するイノベーターだけがもつプライドであった。

技術力という独自性が認められ時代の寵児へ

1930年、ズボイドの優秀性が次第に認識され海軍省の指定工場に認定。 技術を売る信念と負けじ魂を胸に、根岸自身が陣頭に立ち現場に出ることはもちろん、広く学会、陸海軍省、鉄道省、造船会、車両会、各府県土木部を歴訪するなど、ズボイド普及のために東奔西走した結果であった。1934年には鉄道省でズボイドを指定品に認定、翌35年大阪工場拡張に着手、翌36年横浜工場開設など発展は続いた。さらに技術力を活かし夜光塗料の開発、東洋一と謳われた上海工場開設、また、時代に先駆け生産環境改善を行い鉛毒発生の危険防止に取り組むなど、一躍、時代の寵児として世間の注目を集めた。塗料業界に、あえて色のない『技術力』という信念で挑戦したイノベーターたちが咲かせた多彩な夢であった。荒天下に始まった航海もいよいよ順風満帆かと誰もが考えていた。